新型コロナウイルスの世界的流行に対し、mRNAワクチンは感染予防の切り札として大きな役割を果たしました。
一方で、接種後にまれに起こる心筋炎(心臓の筋肉に炎症が生じる状態)は、特に若い男性で多く報告され、そのメカニズムはこれまで十分に解明されていませんでした。
日本でも、mRNAワクチン接種後の心筋炎は厚生労働省の副反応報告で注目されてきたテーマです。多くの場合は軽症で回復するものの、一部では重症化し、補助循環装置が必要になるケースもあります。
なぜ一部の人だけが心筋炎を発症するのか、その個人差の原因を突き止めることは、今後のワクチン安全性向上にとって重要な課題です。
今回、筑波大学の川口敦史教授らの研究グループが、Nature Communications誌に発表した研究は、この疑問に対してひとつの明確な答えを提示しています。
それは、細胞のエネルギー工場であるミトコンドリアの脆弱性が、ワクチン後心筋炎の重要なリスク因子であるという発見です。
記事の要点
- mRNAワクチン接種後に心筋炎を発症した患者の心筋組織では、ミトコンドリア関連遺伝子の発現低下やミトコンドリアの形態異常が確認された。ミトコンドリアDNAに変異を持つマウスにワクチンを投与したところ、心機能の低下と心臓への免疫細胞浸潤が再現され、世界初の臨床用量での動物モデルが確立された。
- 心筋炎の発症メカニズムとして、ミトコンドリアからの活性酸素種(ROS)の産生増加がネクロプトーシスを誘導することが明らかになった。ミトコンドリア標的の抗酸化剤(MitoQ)やネクロプトーシス阻害剤で心機能低下が予防できることも示された。
- 選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)のバゼドキシフェンが、ワクチン後の心機能低下を予防した。このことから、若い男性で心筋炎が多い理由としてエストロゲンシグナルの保護効果が示唆され、予防的な治療標的の可能性が浮上した。