なんとなく気分が落ち込む、意欲がわかない、そうした状態が長く続くとき、脳の中では複雑な変化が起きています。うつ病(大うつ病性障害:MDD)は、気持ちの問題だけでなく、神経伝達物質の乱れ、脳の炎症、ストレスホルモンの過剰分泌など、複数の生物学的な異常が絡み合って生じる疾患です。
現在の日本では、うつ病をはじめとする気分障害の患者数は増加傾向にあり、厚生労働省の調査でも精神疾患の患者数は600万人を超えています。治療には抗うつ薬が使われますが、そのおよそ3割の患者さんには第一選択薬が効かない「治療抵抗性」の問題も存在しています。
こうした状況のなか、近年注目を集めているのが「亜鉛(Zinc)」という微量ミネラルの役割です。亜鉛は肉類や魚介類、ナッツ類などに含まれる栄養素で、体内で300種類以上の酵素の補因子として働くことが知られています。
しかし最近の研究では、亜鉛が脳の神経機能や感情調節にも深く関わっており、亜鉛の体内バランスが崩れることがうつ病の発症・悪化に関係しているのではないかという可能性が浮かび上がってきました。
食の欧米化や偏食が進む現代の日本社会では、亜鉛不足は決して珍しいことではありません。この論文は、亜鉛とうつ病の関係について、2000年から2024年までの膨大な研究を統合した包括的なレビューです。
◼️論文タイトル
大うつ病性障害における亜鉛ホメオスタシスの役割:多様な病理メカニズムと治療的意義
著者:Yuping Li, Yucui Lu, Xianmei Lin, Lichun
掲載誌:Annals of Medicine
DOI:10.1080/07853890.2025.2611191
記事の要点
- うつ病患者の血清亜鉛濃度は、健康な人に比べて平均約1.85 µmol/L低く、症状が重いほど亜鉛不足の程度も大きい傾向がある。
- 亜鉛は神経伝達物質(グルタミン酸・GABA・セロトニン)の受容体調節、BDNFを介した神経栄養サポート、炎症・酸化ストレスの抑制、HPAストレス軸の制御など、うつ病の複数の病理メカニズムに関与している。
- 亜鉛補充(25〜30 mg/日)は軽度〜中等度のうつ症状に対して単独でも有効であり、抗うつ薬との併用により治療効果を高める可能性がある。メタアナリシスでは、補充量が1 mg/日増えるごとにうつスコアが平均0.178ポイント低下することが示されている。