「記憶力をよくしたい」「物忘れが気になってきた」そう感じている方は少なくないのではないでしょうか。超高齢社会を迎えた日本では、認知機能の維持や認知症の予防への関心がますます高まっています。
こうした背景の中、記憶の形成と脳のエネルギー代謝の関係に迫る研究が、世界中で精力的に進められています。脳は、体の中で最もエネルギーを消費する器官のひとつです。
思考したり、何かを覚えたりするとき、神経細胞は活発に働き、その燃料としてATPという分子を大量に必要とします。このATPを製造するのがミトコンドリアです。
ミトコンドリアは「細胞のエネルギー工場」とも呼ばれ、これまで主に、脳が必要とするエネルギーを供給する装置として研究されてきました。
ところが今回、フランス・パリ脳研究所の国際研究チームが、これとは視点の異なる問いを立てました。「脳が必要とする量を超えてミトコンドリアのエネルギー産生を引き上げたら、何が起きるのか?」その答えは、記憶の分野で予想外の可能性を示すものでした。
記事の要点
- ミトコンドリア内のカルシウム排出を調節するタンパク質「LETM1」の発現を抑制すると、神経細胞のATP産生が増加し、ショウジョウバエとマウスの両種で長期記憶の形成が大幅に向上した。
- 通常なら複数回の訓練が必要な長期記憶の形成が、たった1回の刺激経験だけで可能になった。これはエネルギーが単なる燃料ではなく、神経プロセスの強度と持続時間を制御するレギュレーターであることを示唆している。
- この研究は脳の未知の最適化能力の存在を示しており、記憶障害や神経変性疾患に対する新たな治療アプローチへの道を開く可能性がある。