食べることに不自由していない現代の日本で、多くの人が亜鉛不足になっています。そしてその不足を補うだけで、さまざまな病気や症状が回復に向かう。そんな話を聞いたら、どう思いますか。
「そんなまさか」と感じる方も多いと思います。今回は、東京農業大学客員教授・渡辺和彦先生の論文をもとに、亜鉛と健康の関係についてご紹介します。
死にそうだったおばあさんが、亜鉛で元気になった
この話の出発点は、一人の89歳のおばあさんのエピソードです。極端な食欲不振で、ほとんど食事もとれず、寝たきりで褥瘡(床ずれ)もひどい状態。声をかけても返事もしない。そんな状態だったおばあさんが、亜鉛を投与されてお元気になられたというのです。
褥瘡まで治ってしまったこの実話は村のうわさになり、村が費用を出して調査が行われました。その結果が長野県の1431名を対象にした血清亜鉛値の調査です。
調査を行った倉澤隆平先生らの研究によって、年齢とともに血中の亜鉛値が下がっていく傾向や、日内変動(午前は高く、午後は低い)があることも明らかになりました。
亜鉛不足で起こる症状は、一つや二つではない
渡辺先生がこの分野を学ぶ中でわかってきたのは、亜鉛欠乏が原因となりうる病気・症状の多さです。まず挙げられるのが褥瘡(床ずれ)です。高齢者に特に多いこの症状は、亜鉛補充療法で治癒するケースが多いとされています。
次に食欲不振。「年のせいで食べられない」と思われていたものが、亜鉛不足だったというケースが少なくありません。
舌痛症も同様です。舌が痛むのに見た目には異常がない、という症状です。そして各種皮膚障害。乾燥、ただれ、傷が治りにくいといった皮膚のトラブルも、亜鉛と深く関わっています。
アトピーも、亜鉛で改善するケースがある
日本はスウェーデンに次いで、世界で2番目にアトピー患者が多い国です。有沢祥子先生はすでに2冊の著書でアトピー性皮膚炎と亜鉛の関係を公表されていましたが、渡辺先生もはじめは半信半疑だったといいます。亜鉛でアトピーが治るとは信じられなかった、と率直に書かれています。
ところが、実際の改善事例を目の当たりにするうちに、その効果を確信されるようになりました。
渡辺先生が勧めた兵庫県立農業大学校の学生は、1日30mgの亜鉛補充を始めて2か月で痒みが減り、4か月でほぼ皮膚症状が回復したそうです。
20年近くアトピーで悩んでいた方が、亜鉛とビタミン剤の服用で1か月でほとんど治癒したという報告もあります。
もちろん、アトピーには原因食の食事制限が最も効果的なケースもあります。亜鉛が万能というわけではありません。
ただ、亜鉛欠乏状態が一因になっているケースでは、補充によって大きく改善することがある、ということです。
なお、アトピー性皮膚炎への亜鉛投与は保険審査で通らないため、有沢先生は保険適用で検査可能なALP(アルカリホスファターゼ)の値を代用指標として活用されています。ALPは亜鉛を活性中心に持つ酵素で、亜鉛が低値になるとALPも低値になるためです。
関節リウマチの患者さんにも、亜鉛補充が有効だった
長野県の篠ノ井総合病院の小野静一先生による事例も紹介されています。
69歳のリウマチ患者の女性で、初診時の血清亜鉛値は62µg/dLと低値でした。亜鉛製剤(ポラプレジンク)を投与し始めると、精神的な不安定が安定へと改善。
腹痛や下痢といった自覚症状も改善していきました。その後、人工膝関節置換と骨移植の手術を施行し、術後3か月で仕事に復帰されたというのです。
リウマチの患者さんは健常者に比べて血清亜鉛値が低いことが多く、皮膚が薄くなったり、感染症にかかりやすくなったり、精神的な不安定を抱えることも多い。小野先生は「亜鉛は患者さんのために必須」という言葉を残されています。
亜鉛は痛みを和らげるメカニズムも、科学的に解明されてきた
亜鉛が痛みに効くというと怪しく聞こえるかもしれませんが、そのメカニズムはすでに研究で示されています。
痛覚の伝達には、NMDA受容体というカルシウムイオンチャンネルが関わっています。亜鉛が存在する状況では、亜鉛がこの受容体に結合することでその活性を抑制し、痛みを緩和することがわかっています。
フランスの研究所(IGBMC)の野崎千尋らは、亜鉛が結合できないNMDA受容体を持つマウスを作製して実験を行いました。
そのマウスは強い熱痛覚過敏を示すと同時に、通常のマウスとは全く異なる慢性疼痛の形成を示したのです。
これにより、亜鉛欠乏がなぜ痛覚過敏につながるのか、なぜ亜鉛に鎮痛効果があるのかが、個体レベルの実験で初めて示されました。
亜鉛を多く摂れば良いわけではない : 銅とのバランスが大切
一方で、注意点もあります。亜鉛は比較的過剰障害が出にくいミネラルですが、長期間にわたって過剰摂取を続けると、銅欠乏を引き起こすことがあります。小野先生の研究でも、428症例の中で4例に血清銅値の低下が見られました。
対策として、亜鉛と銅の値を定期的に同時測定すること、銅が低下傾向を示したらポラプレジンクの量を調整することが勧められています。
銅を補う食品としてはココアが有効で、ポラプレジンクと組み合わせて摂取する方法が紹介されています。
自己判断でサプリメントを大量に摂ることは避け、まずは血液検査で現状を把握することが大切です。
保険適用の現状と、私たちにできること
2013年の論文時点での情報ですが、亜鉛欠乏症という病名での亜鉛補充療法の保険適用は、長野県と長崎県のみにとどまっていました。
全国的に保険適用で使える亜鉛含有医薬品は胃潰瘍の薬として知られるプロマック(ポラプレジンク)が主で、その使用量にも制限がありました。
ただ、2011年の保険支払基金の審査では「味覚障害でのプロマック使用」が認められるようになるなど、少しずつ状況は動いています。
日本人は欧米人と比べて血清亜鉛値の平均値が低く(日本人86µg/dLに対し、欧米人112µg/dL)、潜在的な亜鉛欠乏が多いとされています。
欧米では多くの人がミネラルをサプリメントで補っているという背景も関係しているかもしれません。
最後に
食べることに困っていない現代でも、亜鉛不足は静かに広がっています。その影響は味覚障害や食欲不振だけでなく、褥瘡、アトピー、関節リウマチ、慢性疼痛にまで及ぶ可能性があります。
「なんとなく不調が続く」「治りにくい症状がある」という方は、一度かかりつけ医に相談して、血中の亜鉛値を測ってみることを考えてみてもよいかもしれません。
※本記事は渡辺和彦先生の論文(農業と科学,2013年7月号)をもとに作成しています。治療や診断については必ず医師にご相談ください。
■ 出典
論文タイトル:人間の健康とミネラル・・・亜鉛補充療法で治癒できる病気は多い
著者名:渡辺和彦(東京農業大学 客員教授)
掲載誌:農業と科学 2013年7月1日号(第651号)