年齢を重ねるにつれて、人の名前が出てこない、車をどこに停めたか忘れる、といった経験は、多くの人にとって身近なものです。
こうした加齢に伴う記憶力の低下は、これまで脳そのものの老化が原因と考えられてきました。ところが近年、腸と脳のつながり、いわゆる「腸脳相関」の研究が進むなかで、記憶力低下の原因が脳の外にもある可能性が浮かび上がっています。
日本でも高齢化が急速に進み、認知機能の維持は国民的な関心事となっています。厚生労働省の推計では、2025年に認知症の人は約700万人に達するとされ、軽度認知障害(MCI)を含めればさらに多くの方が何らかの認知機能低下を経験しています。
認知症の予防や進行抑制のために、運動や食事、社会参加が推奨されていますが、腸内環境を整えることが記憶力に直結するという発想は、まだ広くは知られていません。
2026年3月、スタンフォード大学医学部とアーク研究所の研究チームが、加齢に伴う腸内細菌の変化が迷走神経を介して海馬の機能を低下させ、記憶障害を引き起こすことをマウス実験で明らかにしました。
さらに注目すべきは、迷走神経の刺激や腸内環境のリセットによって、高齢マウスの記憶力が若いマウスと同等のレベルまで回復したことです。この研究はNature誌に掲載され、大きな注目を集めています。
記事の要点
- 加齢とともにParabacteroides goldsteiniiという腸内細菌が増え、その代謝物が腸内の炎症を引き起こして迷走神経の機能を妨げることで、海馬の活動が低下し記憶力が衰える。
- 迷走神経を刺激したり腸内細菌をリセットしたりすることで、高齢マウスの記憶力と空間認知能力が生後2か月の若いマウスと同等の水準まで回復した。
- 加齢に伴う認知機能の低下は脳に固定されたものではなく、消化管を通じた介入で改善できる可能性がある。