くしゃみ、鼻水、皮膚のかゆみ。花粉やダニに体が反応したとき、これらの症状の引き金を引くのが、皮膚や粘膜にひそむマスト細胞(肥満細胞)です。細胞の中には小さな袋(顆粒)がぎっしり詰まり、刺激を受けるとヒスタミンを外へ放ちます。
その顆粒には、ヒスタミンのほかに亜鉛も蓄えられています。2013年に報告されたヒトのマスト細胞の研究では、アレルギーと同じ刺激で亜鉛がすばやく外へ出ることが確かめられました。
では、外に出た亜鉛は何をしているのか。2019年にScientific Reports誌で報告されたマウスの研究は、その亜鉛が皮膚の傷を治す合図になっていることを示しました。アレルギーの細胞として知られるマスト細胞が、亜鉛を使って修復の側でも働いていたことになります。
記事の要点
- ヒトのマスト細胞は、アレルギーと同じ刺激で亜鉛を外へ放ち、その出方はヒスタミンなどの顆粒の放出とは時間の経過も仕組みも一部異なっていました。
- 顆粒に亜鉛を詰める運び役ZnT2を欠いたマウスでは、傷をつけて7日目に残った傷の面積が対照の約2倍で、放出された亜鉛が線維芽細胞の受容体GPR39を通して修復の合図を出していました。
- 人では血中の亜鉛が遺伝的に低めの人ほど床ずれが起こりやすい関係が報告されており、かき・牛肉・豚レバー・納豆などで亜鉛を毎日の食事から切らさないことが、傷を治す仕組みの土台になります。
ヒスタミンとは別の道で出ていく亜鉛
2013年の研究は、宮崎大学などの研究グループがInternational Archives of Allergy and Immunology誌に報告したものです。へその緒の血液からつくったヒトのマスト細胞と、ヒトのマスト細胞の培養株を使い、アレルギーの抗体IgEを介した刺激を加えました。
刺激のあと、細胞の外の亜鉛はすばやく増えていました。ただ、亜鉛が出ていく速さや、よく出る刺激の条件は、顆粒の中身が放たれる反応(脱顆粒)とは同じではありませんでした。細胞の中のカルシウムを封じると、脱顆粒は大きく抑えられた一方、亜鉛の放出は抑えられなかったと報告されています。
さらに、細胞から亜鉛をくみ出す運び役ZnT1を減らすと、亜鉛の放出がはっきり減りました。研究チームは、IgEによる亜鉛の放出は脱顆粒とは別の合図の流れを使っており、亜鉛がアレルギーの炎症で独自の役割を持つ可能性があると結論しています。
同じ細胞から同じ刺激で出るとしても、ヒスタミンと亜鉛は、いつも同じタイミング・同じ割合で一緒に出るわけではないということです。
亜鉛を詰められないマウスは、傷の治りが遅れた

2019年の研究は、鈴鹿医療科学大学や理化学研究所などの研究グループがScientific Reports誌に報告したものです。まずマウスのマスト細胞を調べ、亜鉛を細胞内の袋へ運び込むZnT2という運び役が、顆粒の膜に並んでいることを確かめました。ZnT2を持たないマウスのマスト細胞では、顆粒の亜鉛が少なく、刺激しても亜鉛がほとんど出てきませんでした。
次に、背中の皮膚に同じ大きさの傷をつけ、閉じていく様子を12日間追いました。ZnT2を持たないマウス11匹と対照のマウス12匹を比べると、7日目に残っていた傷の面積は、対照が元の約3割だったのに対し、ZnT2を持たないマウスでは約6割でした。
残った傷が約2倍だったという意味で、治る速さが半分という意味ではありません。12日目には、どちらの傷もかなり小さくなっていました。
ZnT2を持たないのはマスト細胞だけではないので、研究チームはもう一歩確かめています。マスト細胞をもともと持たないマウスに、正常なマスト細胞を移すと傷の治りは戻りましたが、ZnT2を持たないマスト細胞を移しても戻りませんでした。傷の治りを支えていたのは、マスト細胞の顆粒にためられた亜鉛だったことになります。
アレルギーで知られる細胞が、顆粒の亜鉛を使って傷の修復の初めの段階を支えていた、というのがこの研究の中心の発見です。
亜鉛を感じ取る受容体が、修復の合図を出す

傷の修復は、炎症、組織の増殖、作り直しの3段階で進みます。傷をつけた直後の皮膚では、炎症の段階を進める情報物質IL-6が増えますが、ZnT2を持たないマウスではこの増え方が小さく、IL-6を持たないマウスも傷の治りが遅れていました。
では、亜鉛はどうやってIL-6を増やすのか。鍵になったのが、細胞の表面で外の亜鉛を感じ取る受容体GPR39です。受容体は、決まった物質が結合したときだけ細胞の中へ合図を送るスイッチのような分子で、GPR39は亜鉛を結合相手として使います。
培養した線維芽細胞(皮膚の土台をつくる細胞)やマクロファージに亜鉛を加えると、IL-6などの遺伝子が働き出しました。GPR39を減らすとこの反応は大きく弱まり、亜鉛の合図は、細胞の中で酵素PKCを経て、遺伝子のスイッチ役C/EBPβへ届いていたと報告されています。マウスの傷では、GPR39を持つ線維芽細胞が傷の下に現れ、IL-6をつくっていました。
傷口に亜鉛を加える実験もあります。マスト細胞を持たないマウスとZnT2を持たないマウスでは、亜鉛を加えると治りの遅れが改善しました。GPR39を持たないマウスでは改善しませんでした。一方、IL-6を持たないマウスでは亜鉛で改善しており、亜鉛の働きをIL-6だけで説明できるわけではないことも示されています。
なお、細胞の実験で加えた亜鉛は50マイクロモルで、体の中の傷口でどのくらいの濃度になっているかは、この研究では測られていません。マスト細胞が出した亜鉛を、傷のそばの細胞がGPR39で受け取り、修復を始める合図に変えている、というのがこの仕組みの全体像です。
人の皮膚の細胞でも、亜鉛は傷を閉じる合図になる
GPR39の働きは、ヒトの細胞でも調べられています。2010年にJournal of Biological Chemistry誌で報告された研究では、ヒトの皮膚の表面をつくる角化細胞の培養株で、外から加えた亜鉛がGPR39を通して細胞の中のカルシウムを動かしました。この反応は、ナノモル(細胞の外でもごく低い濃度)の亜鉛でも起こりました。
傷ついた細胞の周りでは亜鉛が出てくることも、蛍光の目印で確かめられています。GPR39の合図を入れると、培養皿の上でひっかいてつくった傷が早く閉じたと報告されています。
マスト細胞の顆粒だけでなく、傷ついた細胞そのものからも亜鉛が出ており、人の皮膚の細胞も、その亜鉛を修復の合図として受け取れるということです。
人のデータ:血中の亜鉛と床ずれ
亜鉛が足りないと傷が治りにくいことは、昔から知られていたと2019年の論文は書いています。ただ、その理由は、亜鉛がDNAやたんぱく質をつくる反応に必要だからと説明されることが多く、今回のような合図としての役割は見えていませんでした。
人では、2024年に報告された遺伝子を使った解析(メンデルランダム化)があります。生まれつきの遺伝子の違いから、血中の亜鉛が高めになりやすい人と低めになりやすい人を分けて比べると、血中の亜鉛が遺伝的に低めの人ほど床ずれ(褥瘡)が起こりやすい関係でした。一方、亜鉛のサプリメントの利用と床ずれとの間には、はっきりした関係は見られませんでした。
治療の試験としては、2015年にAnnals of Internal Medicine誌で報告された、栄養状態の悪い床ずれの患者200人の試験があります。アルギニン・亜鉛・抗酸化成分を加えた高エネルギー・高たんぱくの栄養剤を8週間飲んだ群では、成分を加えない同じエネルギー・たんぱく質の栄養剤の群より、傷の面積が大きく縮みました(約61%と約45%)。
ただし複数の成分をまとめて加えているため、亜鉛だけの効果は分けられていません。マスト細胞の亜鉛と人の傷を直接つないだ研究はまだありません。それでも、人のデータは、体の亜鉛が足りている状態が傷の治りを支える側にあることを示しています。
食卓:亜鉛を切らさない

日本人の食事摂取基準(2025年版)では、亜鉛の推奨量は成人男性で1日9.0〜9.5mg、成人女性で7.0〜8.0mgです。令和6年国民健康・栄養調査では、20歳以上の平均摂取量は男性9.0mg、女性7.5mgでした。平均がちょうど推奨量のあたりにあるため、推奨量に届いていない人も少なくないと考えられます。
日本食品標準成分表(八訂)増補2023年で100gあたりの亜鉛を見ると、かき(養殖・生)は14.0mg、豚レバーは6.9mg、牛ひき肉は5.2mg、牛かた肉(脂身つき)は4.5mg、糸引き納豆は1.9mg、鶏卵(全卵・生)は1.1mgです。
かきなら、むき身60gで約8mgと、1日分の推奨量に近づきます。ふだんは、牛ひき肉80gで約4mg、納豆1パック(40g)で約0.8mg、卵1個(50g)で約0.6mgのように、肉・魚・大豆・卵を毎食少しずつ組み合わせると積み上がります。
亜鉛は体にためておく場所が小さいため、まとめてとるより、毎日続けてとることが大切です。サプリメントで補う場合は、耐容上限量(成人男性40〜45mg、女性35mg)を超えないようにし、とりすぎは銅の吸収を妨げることも覚えておくと安心です。
マスト細胞の顆粒にためる亜鉛が、食事の亜鉛の量でどこまで変わるかは、まだ調べられていません。けがや床ずれの治りを気にかける場面では、たんぱく質と一緒に亜鉛を食事から切らさないことが、修復の合図を出す材料を用意しておくことにつながります。
まとめ
アレルギーでヒスタミンを放つマスト細胞は、顆粒に亜鉛もためていて、刺激を受けると外へ出します。ヒトの細胞では、その亜鉛はヒスタミンとは別の合図の流れで出ていました。
マウスでは、顆粒に亜鉛を詰めるZnT2がないと傷の治りが遅れ、出てきた亜鉛を線維芽細胞のGPR39が受け取って、IL-6を介して修復を始めていました。IL-6だけでは説明しきれない部分も残っており、修復での役割を確かめたのは主にマウスです。
人では、血中の亜鉛が遺伝的に低めの人ほど床ずれが起こりやすい関係が報告されています。かき、牛肉、レバー、納豆、卵を日々の献立に組み込み、推奨量のあたりを毎日保つことが、体が傷を治すときの合図の材料をそろえておくことになります。
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参考文献
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* 文部科学省. 日本食品標準成分表(八訂)増補2023年. https://fooddb.mext.go.jp/