髪の毛をつくる毛包は、免疫の監視がゆるめられた特別な場所です。
毛包は「免疫特権」と呼ばれる状態に守られていて、ふだんは免疫細胞から攻撃を受けにくくなっています。円形脱毛症は、この守りが崩れ、免疫が毛包を攻撃することで起こる病気として研究されてきました。世界の人口の0.5~2%がかかるとされる、身近な自己免疫の病気です。
守りが崩れる理由として調べられてきたのは、免疫の調整役の働き、遺伝的な体質、ストレス、腸内細菌など、ひとつではありません。そしてもう一方で、円形脱毛症の人の血液を調べた研究からは、ビタミンDと亜鉛が低い傾向が繰り返し報告されています。
「原因の地図」と「不足している栄養素の地図」。この2枚を重ねると、ばらばらに見えていた話が、ある交差点で出会います。その交差点をひとつずつたどり、食・栄養・健康がどうつながっているのかを見ていきます。
記事の要点
- 円形脱毛症は、毛包を守る「免疫特権」が崩れ、免疫細胞が毛包を攻撃して起こると考えられています。
- 円形脱毛症の人ではビタミンDと亜鉛が低い傾向があり、どちらも免疫のブレーキ役である制御性T細胞と、腸のバリアの両方に関わっています。
- ストレスと腸内環境という別々の原因も、ビタミンDと亜鉛を介して、同じ免疫のバランスへとつながっていきます。
毛包を守る仕組みが崩れるとき
円形脱毛症で毛包を攻撃しているのは誰なのか。この問いに大きな答えを出したのが、2014年にNature Medicine誌に掲載されたコロンビア大学の研究です。
マウスを使った実験で、NKG2Dという受容体を持つキラーT細胞(CD8陽性T細胞)が、円形脱毛症を起こすのに「必要」であり、しかも「それだけで十分」であることが示されました。患部の皮膚では、マウスでもヒトでも、インターフェロンγ(IFN-γ)という炎症の合図が強く出ていました。
さらにこの研究では、IFN-γなどの合図を細胞の中へ伝える通り道(JAK)を薬でふさぐと、マウスの脱毛が防がれ、塗り薬では一度抜けた毛が生え戻ったと報告されています。JAKをふさぐ飲み薬を使った患者さん3人でも、5か月以内にほぼ完全に毛が生えそろいました。
円形脱毛症は「髪そのものの病気」というより、「働きすぎた免疫が毛包へ向かう病気」である。この見方を強く裏づけたのが、この研究でした。
では、免疫はなぜ毛包へ向かうのでしょうか。2010年にNature誌に掲載された遺伝子の研究が、その手がかりを示しています。円形脱毛症の患者1,054人と、そうでない3,278人の遺伝子を比べたところ、139か所の遺伝子の違いが円形脱毛症と関連していました。
目立ったのは、制御性T細胞の活性化や増殖をつかさどる遺伝子の領域です。CTLA4、IL-2とIL-21、IL-2受容体α、Eos(IKZF4)といった遺伝子がこれにあたります。制御性T細胞は、免疫が行き過ぎないように抑える「ブレーキ役」の細胞です。
同じ研究では、NKG2Dを刺激する目印(ULBP)の遺伝子群や、毛包そのもので働く遺伝子(PRDX5、STX17)との関連も見つかりました。研究チームは、生まれつき備わった自然免疫と、あとから身につく獲得免疫の両方が関わっている証拠だとしています。
整理すると、円形脱毛症の背景には「免疫のブレーキが弱まりやすい体質」と「毛包が攻撃の目印を出しやすい体質」の両方が見えてきます。ここが、この記事でたどる最初の地点です。
ストレスと腸も、同じ場所につながっていた
円形脱毛症のきっかけとして、昔からよく語られてきたのがストレスです。2026年にStress and Health誌に掲載された系統的レビューでは、2025年11月までの研究から30件が検討されました。
その結果、ストレスやトラウマ体験は、乾癬、アトピー性皮膚炎、慢性じんましんとともに、円形脱毛症の発症リスクの上昇、発症の早まり、重症化と関連していました。関連がとくに強かったのは、幼少期の逆境体験と、ストレスが積み重なった状態です。
ストレスが毛包に届く道筋も、少しずつ見えてきています。ドイツのリューベック大学などのチームは、ヒトの頭皮から採った毛包を培養し、皮膚でストレスに反応して出る神経ペプチド「サブスタンスP」を加える実験を行いました。
サブスタンスPを受けた毛包は、成長期を早めに切り上げて退行期へ進みました。周りではマスト細胞が中身を放出し、神経から始まる炎症が起きていました。そして、ふだんは控えめに保たれている「MHCクラスI」という分子が増え、本来ない場所にも現れました。
MHCクラスIは、細胞が免疫に向けて掲げる「名札」のようなものです。名札を伏せていることが毛包の免疫特権の柱なので、これが表に出ることは、守りが崩れたサインになります。研究チームは、ストレスが円形脱毛症を引き起こしたり悪化させたりする仕組みを、生物学的に説明する最初の手がかりだとしています。
マウスでも、音によるストレスを与えるとサブスタンスPと神経成長因子(NGF)が増え、毛の成長が止まることが確かめられています。サブスタンスPの受け皿をふさぐ薬やNGFを打ち消す抗体を使うと、この変化の多くが抑えられました。脳と毛包を結ぶこの経路は「脳―毛包軸」と呼ばれています。
もうひとつの入口が腸です。2025年にJID Innovations誌に掲載された総説では、円形脱毛症の人の頭皮と腸で、細菌の構成がふだんと異なっていることが整理されています。
印象的な報告もあります。繰り返す腸の感染症の治療として便微生物移植(健康な人の腸内細菌を移す治療)を受けた、全身の毛が抜けるタイプの円形脱毛症の患者さん2人で、その後に毛が生えてきたという症例です。
2026年にFrontiers in Immunology誌に掲載された総説は、脳・腸・皮膚が互いに影響し合う「脳―腸―皮膚軸」の中で円形脱毛症をとらえています。ストレス反応、腸内細菌の乱れ、慢性的な弱い炎症がつながり、その間を腸内細菌がつくる短鎖脂肪酸や、ストレスホルモンの系統(HPA軸)が行き来しているという整理です。
腸内細菌の変化が原因なのか結果なのかは、まだ確かめられている途中です。それでも、ストレスと腸という2つの入口が、免疫を介して毛包へとつながる道筋は、研究のなかで輪郭を持ち始めています。
不足の地図:円形脱毛症の人で低かった栄養素
ここからは、もう1枚の地図を広げます。円形脱毛症の人で、どの栄養素が低いのか。
2025年にJournal of Cosmetic Dermatology誌に掲載された中国のメタ解析は、16か国の研究34件、合わせて4,931人のデータをまとめたものです。日本、韓国、トルコ、インド、エジプト、イラン、アメリカなどの研究が含まれています。
その結果、円形脱毛症の人は健康な人に比べて、血液中のビタミンDと亜鉛がいずれも低いという関係でした。ビタミンDが欠乏している状態は、円形脱毛症とオッズ比2.48の関連を示しています。一方で、銅には差が見られませんでした。
2017年にJournal of Dermatology誌に掲載された別のメタ解析(研究10件・764人)では、亜鉛に加えてセレンも低いと報告されています。同じ解析で、銅、鉄、フェリチン(貯蔵鉄)、マグネシウムには、はっきりした差は見られませんでした。
まとめると、円形脱毛症の人で低い傾向が繰り返し確認されているのは、ビタミンD、亜鉛、セレンの3つです。髪と栄養というと鉄がよく話題になりますが、円形脱毛症にしぼると、焦点はこの3つに集まってきます。
なお、これらはいずれも「ある時点で比べた」研究の積み重ねです。栄養素の低さが先なのか、病気のあとに起きた変化なのかは、ここからは決められません。メタ解析の著者らも、時間を追って調べる研究が必要だとしています。
だからこそ、次に見るべきは「つながり」です。低かった栄養素が、1枚目の地図に出てきた原因と、どこで重なるのか。そこをたどっていきます。
交差点①ビタミンDと亜鉛は、免疫のブレーキ役を支えている

最初の交差点は、遺伝子の研究で浮かび上がった「制御性T細胞」です。円形脱毛症の体質に関わる遺伝子の多くが、このブレーキ役の細胞の働きに関係していました。
ビタミンDについては、2019年にPLOS ONE誌に掲載された英国オックスフォードのチームによる系統的レビューがあります。ビタミンDを飲む群と飲まない群を比べた試験8件を集めたもので、自己免疫の病気を対象にした試験のうち制御性T細胞の割合を測った5件では、1件を除いて、12か月後にビタミンD群のほうが割合が高い結果でした。
健康な人を対象にした試験でも、12週間後の制御性T細胞の割合は、ビタミンD群で6.4%、プラセボ群で5.5%と、ビタミンD群のほうが高くなっています。レビューの著者らは、ビタミンDの補給によって制御性T細胞の割合が増え、その働きも高まる可能性があるとまとめています。
亜鉛については、ドイツのアーヘン工科大学のチームが培養細胞で詳しく調べています。体内で見られる程度の濃度の亜鉛を加えると、制御性T細胞が誘導されて安定し、同時にIFN-γの産生が減りました。
このIFN-γこそ、最初の地図で円形脱毛症の患部に強く出ていた炎症の合図です。亜鉛は、制御性T細胞の目印となる遺伝子Foxp3の働きを高め、炎症側の合図を弱める方向へ働いていたと報告されています。
ここで2枚の地図が重なります。体質としてブレーキ役が弱まりやすい人で、さらにブレーキ役を支える栄養素が低い。円形脱毛症の人で見られる「ビタミンDと亜鉛の低さ」は、遺伝子の研究が指していた場所と、ちょうど同じところに関わっていることになります。
交差点②毛包そのものも、ビタミンDの受け皿を必要としている
2つ目の交差点は、毛包そのものです。
1997年に米国科学アカデミー紀要(PNAS)に掲載されたハーバード大学医学部などの研究では、ビタミンDの受け皿である「ビタミンD受容体」を働かなくしたマウスがつくられました。このマウスは生後4週ごろから、毛がしだいに抜けていきました。
興味深いのは、食事からビタミンDを抜いて欠乏させた動物では、この脱毛が見られないと書かれている点です。つまり毛包の生え変わりのサイクルには、ビタミンDの受け皿そのものが欠かせない。受け皿がきちんと働くことが、毛を生やし続ける前提になっています。
2025年のメタ解析の考察でも、ビタミンDはこの受容体に結びつくことで毛包の成長サイクルに関わると整理されています。さらに、ビタミンDの値が低いほど病気の期間が長く重い傾向を示した研究も紹介されています。
亜鉛も毛包の現場で働いています。同じ考察によると、亜鉛はDNAをつくる酵素(DNAポリメラーゼ)を助け、毛包の細胞が正常に分裂するのを支えています。考察では、亜鉛には細胞の入れ替わりが速い組織を酸化ストレスから守る働きもあるとされ、毛包はまさにその代表的な組織です。
同じ考察によれば、ビタミンDの多くは皮膚の表皮細胞でつくられるか、食事からとり込まれます。そしてビタミンDとその受容体は、皮膚のバリアづくりや毛包の生え変わりなど、皮膚のさまざまな働きを調整しています。毛包を包む皮膚という同じ場所で、つくられ、受け取られ、使われている栄養素だということになります。
交差点③ストレスと腸をつなぐ栄養の線
3つ目の交差点は、腸です。ストレスが腸内環境を揺らし、腸から免疫へ影響が広がる道筋は、さきほど見たとおりです。ここに、ビタミンDと亜鉛が関わってきます。
2024年にNutrients誌に掲載されたメイヨー・クリニックのチームの総説は、腸のバリア(腸の壁が余計なものを通さない働き)に関わる食事の要素を整理しています。食物繊維、グルタミン、亜鉛、ビタミンD、ポリフェノールは、腸のすき間を引き締める方向に働く栄養素として挙げられていました。
ビタミンDについて、2020年にAutoimmunity Reviews誌に掲載された総説は、腸の上皮細胞にあるビタミンD受容体が、細胞どうしをつなぐ「タイトジャンクション」を整え、抗菌ペプチドの産生をうながすと整理しています。バリアの守りと、腸内細菌との付き合い方の両方に関わっているわけです。
さらに、2020年にInternational Journal of Molecular Sciences誌に掲載された総説では、つながりが逆向きにも走っていることが紹介されています。ビタミンDが腸内細菌の構成に影響する一方で、腸内細菌がつくる酪酸が、ビタミンD受容体の働きを高めるというのです。
亜鉛についても、2022年の総説で、亜鉛やビタミンA、ビタミンDの不足が上皮のバリアのゆるみを強めうること、反対に十分な量があればタイトジャンクションを整える方向に働くことがまとめられています。
ここで、これまでの連鎖を一本の線にしてみます。慢性的なストレスは、皮膚ではサブスタンスPを通じて毛包の名札を表に出させ、体の中では腸内環境を揺らします。腸のバリアや腸内細菌のバランスを支えているのが、円形脱毛症の人で低かったビタミンDと亜鉛です。
そしてそのビタミンDと亜鉛は、交差点①で見たとおり、免疫のブレーキ役である制御性T細胞も支えています。ストレス、腸、免疫という別々に語られてきた原因が、同じ2つの栄養素のところで結び目をつくっているのです。
食・栄養・健康の繋がりを食卓に戻す

ここまでの地図を、毎日の食卓に引き寄せてみます。
ビタミンDは、鮭、さんま、いわしなどの魚、きくらげや干ししいたけなどのきのこ類、卵黄に含まれています。皮膚で日光を受けてつくられる栄養素でもあるので、魚やきのこを献立に入れることと、日中に外へ出る時間を持つことが、同じ方向を向いた習慣になります。
亜鉛は、牡蠣、牛肉、豚レバー、卵、チーズ、大豆製品、ナッツ類に多い栄養素です。細胞分裂がさかんな毛包と、制御性T細胞の両方で使われるので、たんぱく質のおかずと一緒に意識しておくと取り入れやすくなります。
セレンは、魚介類や卵に多く含まれています。体を酸化から守る酵素の材料として知られ、円形脱毛症の人で低かった3つ目の栄養素です。魚を食べる機会を増やすことは、ビタミンDとセレンを同時に満たす選び方にもなります。
腸のほうでは、食物繊維とポリフェノールが、腸のバリアを引き締める側の食事要素として整理されていました。野菜、海藻、豆類、全粒の穀物、果物は、腸内細菌のエサとなり、酪酸などの短鎖脂肪酸を通じてビタミンD受容体の働きにもつながっていきます。
こうして並べると、「髪のための特別な食材」を探すより、魚、きのこ、卵、豆、野菜、海藻がそろった、ごく普通の和の食卓が、地図の上のいくつもの交差点を同時に支えていることがわかります。
食事が栄養状態をつくり、栄養状態が免疫と腸の働きを支え、免疫と腸の落ち着きが毛包の守りにつながる。円形脱毛症の研究をたどると、食・栄養・健康がこうした一本の流れとして見えてきます。
まとめ
円形脱毛症の背景には、毛包を守る免疫特権の崩れ、ブレーキ役である制御性T細胞の働きに関わる体質、ストレス、腸内環境という、いくつもの原因が研究のなかで重なり合っています。
一方で、円形脱毛症の人ではビタミンD、亜鉛、セレンが低い傾向が繰り返し報告されてきました。とくにビタミンDと亜鉛は、制御性T細胞、毛包の成長サイクル、腸のバリアと、原因の地図のほぼすべての地点に顔を出します。
栄養素の低さが原因か結果かは、これからの研究で確かめられていくところです。そのうえで、魚やきのこ、卵、豆、野菜をそろえた食事は、遠回りに見えて、免疫と腸と毛包を同時に支える道すじになっています。
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