世界で6,000万〜4億人。筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)と、新型コロナの後遺症(ロングコビッド)を抱える人の推計です[1]。どちらも、休んでも抜けない疲れ、体を動かした翌日以降にどっと悪化する「労作後の倦怠感」、眠っても回復しない感覚、頭に霧がかかったような「ブレインフォグ」が長く続きます。
米スタンフォード大学ゲノム技術センターのネマト=ゴルガニ氏、ジェンセン氏、デイビス氏は、2026年10月に国際分子科学誌(International Journal of Molecular Sciences)へ論考を発表しました[1]。
論考は、この2つの病気に共通する仕組みとして「脳の老廃物の排出不全」を取り上げました[1]。
論考は新しい実験の報告ではなく、これまでの研究を組み合わせて仕組みの仮説を示す「視点(パースペクティブ)」の論文です。治療法として確立したものはまだないと、著者自身が明記しています[1]。
記事の要点
- ME/CFSとコロナ後遺症では、眠っている間に脳の老廃物を流す仕組みと、細胞の中のごみを分解する仕組みが、そろって滞っている可能性があると報告されています。
- ME/CFSの人31人と健康な人27人をMRIで比べた研究では、老廃物を流す働きの指標がME/CFSの人で低く、低い人ほど睡眠障害と集中力の低下が重いという関係でした。
- 老廃物の流れには脳の水の通り道「アクアポリン4」が欠かせず、マウスでは魚の油に含まれるオメガ3脂肪酸が、この通り道の並びを守り、老廃物の排出を高めたと報告されています。
脳には、眠っている間に開く排水路がある

脳には、体のほかの場所にあるようなリンパ管が、脳の組織の中にはありません。その代わりに働いているのが「グリンパティック系」と呼ばれる仕組みです。脳と脊髄を包む脳脊髄液が、動脈のまわりの細いすき間から脳の組織に入り込み、神経細胞が出した老廃物を含む液と入れ替わって、静脈のまわりのすき間から出ていきます[1]。
出ていった液は、脳を包む膜(髄膜)のリンパ管を通って首の深いリンパ節へ、さらに静脈へと流れていきます。論考は、脳の組織の中の流れと髄膜のリンパ管を、ひと続きの「排出の通り道」として扱っています[1]。
この流れがもっとも活発になるのは、深いノンレム睡眠、いわゆる徐波睡眠のあいだです。ME/CFSとコロナ後遺症の人では、まさにこの時間帯の睡眠が不安定になりやすいと報告されています[1]。
眠りが浅くなると流れが弱まり、流れが弱まると老廃物がたまり、それがさらに眠りを乱す。論考はこの循環を、2つの病気で起きうる悪循環として描いています[1]。
眠っている間に脳を洗う液の流れが、この2つの病気では弱っているかもしれない、というのが論考の出発点です。
MRIで見えた、ME/CFSの脳の流れにくさ
論考が根拠の一つに挙げているのが、オーストラリアのグリフィス大学のグループが2026年に報告したMRIの研究です[2]。脳の神経の束に沿った水の動きやすさから、老廃物の流れを間接的に評価する「DTI-ALPS指数」という指標を使いました。数値が低いほど、流れが滞っていると考えられています。
対象はME/CFSの人31人と健康な人27人です。脳全体のDTI-ALPS指数は、ME/CFSの人で1.44、健康な人で1.51と、ME/CFSの人のほうが低い結果でした。右脳だけで見ると1.41対1.49で差がありましたが、左脳では差がありませんでした[2]。
さらに、指数が低い人ほど「睡眠障害」と「集中力の低下」の症状が重いという関係が見られました。相関の強さを示す係数は、睡眠障害でマイナス0.47、集中力の低下でマイナス0.43です[2]。
著者らは予備的な研究と位置づけており、人数も多くありません。それでも、症状の重さと脳の流れの指標が結びついていたことは、論考の仮説を支える材料になっています。コロナ後遺症でも、同じ指標を使った研究で低下が報告されていると、論考は紹介しています[1]。
眠れない、頭が働かないという訴えと、脳の液の流れにくさが、MRIの上で重なって見えたということです。
細胞の中のごみ処理も止まっている
論考のもう一つの柱が、細胞の中のごみ処理「オートファジー」です。傷んだたんぱく質や働きの落ちたミトコンドリアを膜で包み、分解の袋(リソソーム)へ運んで分解し、材料として再利用します[1]。
グリンパティック系が細胞の外の液を洗い流すのに対して、オートファジーは細胞の中を片づけます。論考は、この2つが一つの「排出の網」として協力して働いていると考えています。オートファジーも眠っている間や空腹の時間に活発になり、昼の間にたまった分解待ちの袋が夜に片づくと報告されています[1]。
ここで論考が注目しているのが、形の崩れたたんぱく質の固まりです。ME/CFSの人の血清はたんぱく質が固まりやすい性質を持ち、ME/CFSとコロナ後遺症では、アミロイドという折りたたみの崩れた形をとる微小な血栓も報告されています[1]。
論考の筋立てでは、細胞の中で片づけきれなかった固まりが細胞の外へあふれ、脳の排出路を詰まらせます。ごみを抱え込んだ星状膠細胞(アストロサイト)は、水の通り道の並び方を崩してしまう可能性があると述べています[1]。
ME/CFSの人を対象にした小規模な試験では、オートファジーを促す低用量の薬で、疲労と労作後の倦怠感が和らいだという予備的な報告もあると、論考は紹介しています[1]。
外を流す仕組みと中を片づける仕組みが、片方の滞りでもう片方を詰まらせる関係にある、というのが論考の見立てです。
鍵は、水の通り道「アクアポリン4」の並び方

脳の液の入れ替わりを支えているのが、アクアポリン4という水だけを通すたんぱく質です。星状膠細胞は、血管に手を伸ばすように突起を巻きつけていて、その先端(終足)に、アクアポリン4がびっしり並んでいます[1]。
アクアポリン4は、血管に面した先端に集まっているときにだけ、液の入れ替えをうまく助けます。細胞の表面全体に散らばってしまう状態は「極性の喪失」と呼ばれ、量は同じでも液の流れは滞ります。
改札がホームの出口に集まっていれば人は流れますが、駅中にばらばらに置かれると流れが詰まるのに似ています。実際には、アクアポリン4が先端から細胞全体へ散らばると、血管のまわりで液を出し入れする力が落ちます。
論考も、ごみを抱えた星状膠細胞でこの並びが崩れることを、排出不全の一因として挙げています[1]。つまり、通り道の数よりも、通り道が血管の側にきちんと並んでいるかが問われているということです。
水の通り道が血管の側にそろって並んでいることが、脳の液をよく流す条件になっています。
オメガ3脂肪酸が、通り道の並びを守った
この並び方に、食事の栄養素であるオメガ3脂肪酸がかかわることが、動物で確かめられています。2017年に米国実験生物学会連合の学術誌で報告された研究では、オメガ3脂肪酸を体の中で多く作れるように遺伝子を組み換えたマウスと、魚油を口から与えたマウスで、脳の老廃物の排出が調べられました[3]。
アルツハイマー病の原因物質とされるアミロイドβを脳に入れると、オメガ3が多いマウスでは、脳のすき間からアミロイドβがよく排出され、傷害も少ない結果でした。星状膠細胞の過剰な活性化が抑えられ、アクアポリン4の血管側への並びが保たれていたと報告されています[3]。
決め手になったのは、アクアポリン4を持たないマウスでの実験です。このマウスでは、オメガ3による排出の改善が消えました[3]。オメガ3の効果が、アクアポリン4の水の通り道を経由していたことを示す結果です。
主役になるのは、オメガ3脂肪酸の一つで、魚に多いDHAです。DHAは脳の細胞膜を作るリン脂質に多く含まれますが、脳の中ではほとんど作れません。血液脳関門の血管の細胞にある専用の運び手(Mfsd2a)が、リン脂質の一部と結びついた形のDHAを血液から脳へ取り込んでいます[4]。脳のDHAは、食事でとった分を血液から運び込むしかないということです。
ここまでは動物の研究で、ME/CFSやコロナ後遺症の人でオメガ3が脳の排出を改善したという試験は、まだ報告されていません。
人では、フランスのディジョンに住む65歳以上で認知症や脳卒中のない1,623人を調べた研究があります。魚を週1回未満しか食べない人に比べ、週2〜3回、週4回以上の人では、MRIで見た脳の小さな血管の傷みの指標が低いという関係でした。指標には、白質の変化や小さな梗塞とともに、血管のまわりのすき間の広がりが含まれています[5]。
この関係は65〜69歳でもっともはっきりし、75歳以上では有意ではありませんでした[5]。1回の調査で関連を見た研究で、魚が原因で血管の状態がよくなったとまでは言えません。それでも、脳の血管のまわりの状態と魚を食べる回数が人でも並んで見えたことは、動物の結果と同じ方向を指しています。
ほかの栄養素も、論考の示す仕組みに顔を出します。
論考自体が、オートファジーを進める酵素サーチュイン1がナイアシンから作られる補酵素NAD+を使うことと、鉄を蓄えるたんぱく質フェリチンの分解がオートファジーで行われることに触れています(いずれも細胞・動物の研究の整理)[1]。
また、食物繊維が腸内細菌に分解されてできる短鎖脂肪酸を与えると、マウスの脳の炎症モデルでアクアポリン4の並びの崩れが抑えられたという報告もあります[6]。
魚の脂のDHAは、脳の中で作れないぶん食事から届けるしかなく、その脂が水の通り道の並びを守る方向に働くことが動物で示されています。
食卓では、週に数回の青魚から

EPAとDHAをまとめてとりやすいのは、いわしやさばなどの青魚です。日本食品標準成分表によると、生のまいわし100gにはEPAが780mg、DHAが870mg含まれています[7]。生のまさば100gでは、EPAが690mg、DHAが970mgです[7]。1切れ80gのさばなら、DHAはおよそ780mgになります。
日本人の食事摂取基準(2025年版)では、オメガ3(n-3系)脂肪酸全体の目安量を、成人男性で1日2.2〜2.3g、成人女性で1.7〜2.0gとしています[8]。令和6年の国民健康・栄養調査では、20歳以上の平均摂取量は男性2.61g、女性2.26gで、平均では目安量を上回っています[9]。
ただし、この数字には、えごま油やあまに油、くるみに多い植物由来のα-リノレン酸も含まれます。体の中でα-リノレン酸からEPA・DHAに変わる量は限られているため、脳に届けたいDHAを考えるなら、魚そのものを食べる回数が目安になります。先のフランスの研究で関係が見えたのも、週2〜3回の魚でした[5]。
焼き魚や煮魚のほか、さば缶・いわし缶は汁ごと使うと脂を無駄にしにくくなります。動物の研究で使われた魚油の量は、ふだんの食事の量とそのまま比べられるものではないため、まずは食事の魚から整えるのが現実的です。
もう一つ、論考の筋に沿えば、脳の排出がもっとも進むのは深い眠りのあいだで、オートファジーは空腹の時間に進みます[1]。夕食を寝る直前に詰め込まず、夜の空腹の時間と眠りの時間を重ねる食べ方も、論考の考え方と同じ方向にあります。
週に数回の青魚と、夜にしっかり空腹と眠りの時間をとることが、脳の掃除の時間を支える食卓の形になります。
まとめ
ME/CFSとコロナ後遺症の長引く疲れやブレインフォグについて、スタンフォード大学のグループは、眠りのあいだに脳の液を入れ替える排出路と、細胞の中のごみ処理が、互いを詰まらせながら滞っているという仮説を示しました。MRIの研究では、ME/CFSの人で排出の指標が低く、睡眠障害や集中力の低下の重さと結びついていました。
その排出路の要が、星状膠細胞の先端に並ぶ水の通り道、アクアポリン4です。脳で作れないDHAは血液から専用の運び手で取り込まれ、マウスではオメガ3がこの通り道の並びを守り、老廃物の排出を高めました。人で同じ効果を確かめた試験はまだありませんが、魚を食べる回数と脳の血管まわりの状態には関係が見られています。
いわしやさばを週に2〜3回、主菜にする。夕食を早めにして、空腹と眠りの時間を夜に重ねる。脳の排出路を支える材料と時間を、毎日の食卓から用意していけます。
参考文献
* [1] Nemat-Gorgani M, et al. Int J Mol Sci 2026
* [2] Thapaliya K, et al. Front Neurosci 2026
* [3] Ren H, et al. FASEB J 2017
* [4] Nguyen LN, et al. Nature 2014
* [5] Thomas A, et al. Neurology 2021
* [6] Lin X, et al. Cell Mol Life Sci 2024
* [7] 文部科学省 日本食品標準成分表(八訂)増補2023年
* [8] 厚生労働省 日本人の食事摂取基準(2025年版)
* [9] 厚生労働省 令和6年国民健康・栄養調査報告